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一度でもぴーすけに好意を抱いてくださった方、私に共感してくださいますか?

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11月8日、ぴーすけが死んだ。 交通事故だった。 カーブの後に信号のある、変な道でのことだ。

あんなに頭の良いぴーすけが事故に遭うなんて、考えてもみなかった。

 

ぴーすけが我が家に来たときは、まだ手のひらに乗りそうなほどチビだった。

とても痩せていて、耳と目だけが大きく、長いシッポが印象的だった。

 

ぴーすけは、一度だけ子猫を生んだことがあった。

まるで毛色の違う2匹の母となったぴーすけは、それまで以上に賢く、綺麗だったように思う。

ぴーすけの生んだ2匹は、1匹はもらわれていって今でも元気で可愛がられている。

でも我が家に残った1匹は、1年もたたないうちに、やはり事故で永眠してしまった。

皮肉なことに、今回ぴーすけが事故に遭った場所から数メートルの距離で。

毎日のように子を探し回るぴーすけの姿は忘れられない。

 

その数年後、我が家に新しい子猫達がやってきた。

白と茶の、おんなじ顔をした“ウェル”と“カムカム”である。

ウェルは今でも家にいるが、カムカムはもういない。

いつかカムカムについてもお話したいとは思っているが、この子も数年後に姿を消している。

確かな証拠はないが、事故ではないだろう。

カムカムがいなくなった時も大変だった。

毎日、とても1匹で行くとは思えないような所まで探しに行く祖母。

キョロキョロしながらついて行くぴーすけとウェル。

家の中でも、隙間という隙間、全部をのぞきながら鳴いていた2匹。

この時ウェルは姉妹をなくしたわけだが、ぴーすけはまた子を失ったような、

そんな錯覚を呼び起こすのに十分過ぎるほど、2匹とも痛々しい姿だった。

 

私の家族の中で常に家にいた祖母は、ますます2匹を溺愛し、ぴーすけとウェルも毎日祖母についてまわった。

その祖母が他界したのが今年、99年の2月のことだ。

もちろん家中が暗く沈んでいたが、祖母の布団の周りをウロウロする2匹の姿は周囲の者の涙を誘った。

かわいそうに、また2匹でしばらく探し回ることとなった。

 

祖母が他界してからというもの、2匹は人のそばを離れようとしなくなった。

特に日中、母しか家にいなくなると、母が危なくて歩けないというほど足にまとわりつく。

父と私が帰宅すれば、ひざに乗りたがり、一緒の布団で寝る。

8月に入り、自宅新築のため人間だけ仮住まいに引っ越す準備を始める。

2匹とも確実に異変を感じている。

特にぴーすけは神経質になっていて、どんどん痩せ細っていった。

9月、人間だけ仮住まいへ引っ越し。

しばらくは大半の荷物が置いてある元の家の離れに、猫2匹は住むことになる。

それでも父と私は休みの日だけだが、母は毎日離れに通っていた。

ぴーすけとウェルも、近くにいるときは車のエンジン音に反応して帰ってくるようになった。

 

おとといの夜、私がパソコンをやるため離れに行くと、ウェルはすぐに戻ってきた。

ぴーすけは車のエンジン音が聞こえない所にいたらしく、何度呼んでもその晩は帰ってこなかった。

 

そして、冷たくなり硬くなりかけたぴーすけが発見されたのが、次の朝のことである。

近所の人が、「ぴーちゃんかもしれない」と知らせに来てくれたらしい。

今日はたまたま2人で離れに行っていた両親は、間違いなくぴーすけだ、と言った。

ぴーすけのお墓は両親の手により、我が家のすぐ裏にある先祖代々の墓の横に作られた。

両親にとってもぴーすけは特別だったのだ。

 

何も知らずに残業して帰ってきた私に、放心状態の母が淡々と話してくれた。

ぴーすけは綺麗なまま、苦しまずに死ねたんだ、と。

だからまだ良かったんだ、と。

たったそれだけに救いを求めるように、何度も。

 

もう一度、あぁせめてもう一度、抱きしめたかった。

ひざに乗せ、体がしびれたってかまわない、飽きるまでくつろがせてあげたかった。

 

おとといの晩、なぜ私はぴーが戻ってくるまで呼び続けなかったのだろう。

いつも通りではなく、戻るまで呼ばなかったのだろう。

 

 

もう一度、もう一度でいいから、ぴーすけに会いたい。

 

 

ぴーすけを埋葬した後に戻ってきたウェルは、ぴーすけのお墓の周りをグルグル回り、鳴いていたらしい。

埋めるところを見ていなかったのに、ウェルにはわかったんだね。

かわいそうにね、ウェル。

ぴーちゃんまでいなくなっちゃったね。

 

願わくば、ぴーすけが行った場所では祖母が待っていてくれますように。

これからはずっと祖父母のそばで、淋しい思いをしませんように。

そして、こんなにも深くぴーすけを愛していた私と両親、ウェルのことを、忘れてしまいませんように。

 

 

 

1999年11月8日

感謝と追悼の気持ちを込めて。

 

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